変わろうと思って変われる人は、そんなに多くない。
大学院時代の師匠たちは、性格は変わる変えられるとか言う本を書いたけれど、そう変わるもんじゃないけどね〜って言って笑っていたっけ。
人の性格というものを、僕らは内面の何がしか見えざるもので認知はしていないのです。
あの人はこういう人でこんな性格と決定づけているのは、「あなたの前にいる」時のその人の行動を見て、「こちらが決めている」もの。
だから単純に行動を変えれば違う人にはなれるのですけど、行動を決定づける要因、変数はそう変更できないので、やはり変わりにくい。
幼稚園…行きたくなくて嫌だ嫌だだったのですが、ほぼ拉致状態で毎日連れ去られるわけです。
幼稚園ではみんなの中に入るのが苦手で、園長先生の部屋でずっと過ごしていました。
まぁ、なぜか仲良くなれたさなえちゃんや孝君のおかげで、運動会では目立てることとか、いくつか学習して、その後は友達もそれなりに。
でもその頃からの行動規範はあまり変わらずで今に至っています。
10代後半、ちょっとだけ髪の毛とか服とかが派手になって、ちょっとだけ目立つように。
でも仙台の街で向こうから、だいぶお年を召した園長先生にたまに会ってしまうと、あらあら変わらないわね〜とにこやかに。
幼稚園の園長先生だと友人に話すと爆笑されるわけですが。
変わらないんです。
札幌時代に仲の良かった連中からも、コーヒー屋やってることに何にも驚きはないと…。
変わらないんです。
今の自分に納得がいかずもがいてもがいて、変わらない自分に嫌気がさして…どうなんでしょう?
変わる必要ってあるんでしょうか?
自分は変わったと思っている自分もまた自分ですから、変わってなくて、それが出来るやつだっただけだったりして。
やりたい事なんてそう見つかるわけではないと思うし、そういうものがなくても問題ない。
出来ることもあまりなくて、少ない出来ることすらやっていなくて。それでもそれが自分ですから。
変わらなくてもいいのかも、なんて言うと怒られますかね笑
やりたい事もあるし、変わりたいとも思うけれど、今の感じもいいから、結局そのままなんですって笑っていた若い女性が印象深くて、今日も今日とてよく分からない話を。
明日も変わらず10時から、ただコーヒーを淹れてます。
#unit_coffee_stand
